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東京地方裁判所 昭和38年(行)100号 判決 1965年4月22日

原告 新興土地株式会社

被告 農林大臣

訴訟代理人 青木康 外一名

主文

1、本件第一次的申立てを却下する。

2、原告が別紙目録記載の土地につき昭和三八年一月一三日付でした売払請求につき被告が何らの処分をしないことは違法であることを確認する。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

一、原告の申立て

(第一次的申立て)

1、原告が別紙目録記載の土地につき昭和三八年一月一三日付でした売払請求に基づき、被告が原告に対し右土地の売払いをすべき義務があることを確認する。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

(第二次的申立て)

1、主文第二項と同旨

2、訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立て

(本案前の申立て)

1、本件訴えを却下する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

(本案についての申立て)

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

(一)  原告は、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を所有していたところ、昭和二三年七月二日自作農創設特別措置法第三条によつて国により買収された。

(二)  しかるに国は今日に至るまで本件土地を第三者に売り渡すことをせず、本件土地のうち四畝六歩を所在町村外の立川市柴崎町二丁目九三番地森田七次郎に、残り四畝六歩を同市同町二丁目四九番地伊能重吉に賃貸したままとなつている。

(三)  元来国が買収した農地の中には商工業の発展や農業政策の変転等の事情の変化のために農業上の利用以外に転用する必要が生じたものがあるのにかかわらず、これに対処する規定が存在しなかつたので、国有農地等一時貸付規則によつて一時貸付の便法がとられたが、農地法第八〇条は買収土地について農業上の利用目的の転換を生じたものにつき直ちに処置し得させることを目的として設けられた規定であるとされている。

(四)  ところで、本件土地は農業上の利用以外に利用目的を転換する必要を生じ、前述のとおり一時他に貸し付けられたのであり、現地の実情としても、右土地は国鉄中央線国立駅を中心とする官公庁を擁し、大商店街と住宅街を形成する広域圏内にあり、立川都市計画においても第二種空地地区とされているものであつて公共の用に供する必要はなくなつたものである。そうであるとすれば、農地法第八〇条第二項、第七八条、農地法施行法第一三条により、被告は買収前の所有者である原告に本件土地を売り払わなければならないものである。

(五)  そこで、原告は、被告に対し、昭和三八年一月一三日本件土地の売払申込書を添付した農地売払請求願書と題する文書をもつて本件土地の売払請求をした。しかるに被告は、右売払請求に対し何らの応答をしない。

(六)  よつて原告は、第一次的に、被告に対し農地法第八〇条により本件土地を原告に売り払う義務があることの確認を求め、第二次的に原告が別紙目録記載の土地につき昭和三八年一月一三日付でした売払請求につき被告が何らの処分をしないことは違法であることの確認を求める。

二、被告の答弁と主張

A、本案前

(一) 請求の原因(五)は認める。

(二) 原告の第一次的申立てについて……原告は、被告には農地法第八〇条により本件土地を原告に売り払う義務があることの確認を求めているが、売払いをなすべき義務の確認を求めることは要するに行政処分をなすべき義務の確認を求めることにほかならず、かかる訴えは、行政処分をなすべきことを求める給付の訴えが許されないと同様の理由によつて許されない。すなわち、裁判所は行政処分がなされた場合にそれが適法であるかどうかを事後的に判断する権限を有するにすぎず、まだ行政処分がなされる前に積極的に行政庁が何をなすべきかを確定することによつて当該行政庁に一定の行政処分をなすべき拘束を加える権限を有するものではなく、この意味では行政処分を求める給付の訴えであろうと、行政処分をなすべき義務のあることの確認を求める訴えであろうと、その間に何らの差異もない。したがつて原告の第一次的申立ては、司法審査の限界を超え裁判所に対して本来行政庁のなすべき行政権の発動を求めるものであるから、不適法なものといわなければならない。

(三) 原告の第二次的申立てについて……(イ) 農地法第八〇条にいう売払いは、農林大臣と売払申込者との間の私法上の契約と解すべきであるから、売払申請権なるものを考えることはできず、したがつて、被告は原告の申請に対し、許否いずれかの決定をなすべき義務を負うものではない。農地法第八〇条の売払いの対象となる国有財産は、売払いの際には普通財産としての性格を有するものと認められるから(農地法第七八条により農林大臣の管理する国有財産は、自作農の創設または土地の農業上の利用の増進という目的に供されるところから、これを一種の行政財産とみて売払行為の中には右財産からそのような性格を剥奪する作用が含まれているがゆえに売払いを行政処分と解すべしとする見解があるが、右国有財産に右のような行政財産たる性質があることは肯定するとしても、その剥奪(用途廃止)は売払いによつてではなくそれに先行する農地法第八〇条所定の認定によつて行なわれるのであるから、右国有財産は売払時にはすでに普通財産化しているものと考えるべきである。)、かかる普通財産の売払いは特段の事由のない限り私法行為と解すべきである。このことは農地の売払いについて定めた規定と売渡処分について定めた規定を対比することによつてもうかゞわれる。すなわち、農地法施行規則第五〇条によれば、売払申込書の記載にあたつて権利移転の期日および対価について申込者の希望を認めている(同条第四号、第五号)。しかるに「売渡し」に対する買受申込書には、このような記載が認められないばかりか(施行規則第二二条参照。)、かえつて売渡対価および売渡期日について行政庁が一方的にこれを決定することとしているのである(農地法第三九条第二号、第三号参照。)。また売払通知書の交付については、法は特に効果を規定していないが、売渡通知書の交付については、法は特に効果に関する規定を設けている(農地法第四〇条参照。)。さらに売払申込書の提出が農林大臣に対してなされた場合には大臣が「その申込を相当と認めるとき」にのみ、売払通知書を交付するという裁量の余地が認められている(施行規則第五〇条第二項)が、農地の売渡処分については、適法な買受申込があつた場合には、農地法第三六条によつて裁量の余地なく売り渡すべきものとされている。以上のように、一般に行政処分と解されている売渡しについての法規制に比し、売払いについての法規制は、両当事者の自主的意思を尊重しているが、これは売払いの売買契約性を予定してのことと思われる。

(ロ) またかりに売払いを行政処分と解しても、買収農地の旧所有者が売払いの申請権を有するに至るのは、農林大臣が農地法第八〇条第一項の認定をし、その通知をした時であつて、その認定および通知がない限り、旧所有者には売払申請権はないのである。このことは農地法第八〇条、同法施行令第一六条ないし第一八条および同法施行規則第五〇条の規定に徴して明らかである。すなわち農地法第八〇条第一項は、農林大臣は第七八条の規定により管理する土地について、政令で定めるところにより、自作農創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払うことができると定め、同法施行令第一六条は、農林大臣がその認定をなしうる場合を定め、第一七条は、右の認定をした土地等が法第九条、第一四条または第四四条の規定により買収したものであるときは、その買収前の所有者またはその一般承継人に通知しなければならないこととし、また同法施行規則第五〇条は、右の認定があつた土地につき売払いをうけようとするものは、一定の事項を記載した申込書を農林大臣に提出しなければならないと定めているのであり、同法施行令第一八条、第一号は、買収前の所有者またはその一般承継人が右の認定通知をした日から起算して三カ月以内に買受けの申込みをしない場合には、売払いをしないものとしているのであつて、これからすれば、旧所有者は、農林大臣の認定があつてその通知がなされたときにはじめて売払申請権を持つに至るのであり、この認定および通知がない限り、旧所有者には売払いの申請権はないといわなければならない。したがつて、右認定および通知がなされていない本件の場合は、買収農地の旧所有者たる原告には、売払申請権は存しないのであるから、同人の本件土地についての売払申請は「法令に基づく申請」とはいいがたく、被告にはこれに対し応答する義務はない。それ故、被告に対する原告の売払申請に対し、許否いずれかの決定をなすべき義務があることの確認を求める訴えは不適法というべきである。

B  本案について

(一) 請求の原因(一)、(二)および(三)は認める。

(二) 請求の原因(四)中、本件土地につき一時貸付がなされていることは認めるが、これを公共の用に供する必要がなくなつたこと、農地法第八〇条第二項、同法施行法第一三条により原告に売り払わなければならないものであることは否認する。その余は不知。

本件土地が訴外森田七次郎および伊能重吉に一時貸付がなされ、売渡しがなされていないのは、同人らに農地法第三六条の規定に基ずく買受資格がないからであつて、原告が主張するように、自作農の創設または農業上の利用の目的に供しないことを相当とするからではない。

(三) 請求の原因(六)は争う。

三、被告の本案前の主張に対する原告の反論

(一)  本件第一次的申立ての適法性……原告の第一次的申立てを不適法と主張する被告の主張は司法の限界に関する原則論に膠着して一歩も出ないものである。

行政庁の行為が自由裁量行為でなくき束行為である場合で行政庁が先行的な行政上の判断権を保留する必要がほとんどなく、他面において国民の権利侵害が相当大きいものがある場合には、義務づけ訴訟も許されるべきである。

ところで、農地法第八〇条制定の趣旨は、前述のように自作農創設特別措置法の規定により買収した土地等は、その後の事情の変化により農業上の利用以外に転用するとしても、これについての規定がなかつたために、国有農地等一時貸付規則によつて一時貸付しておく便法をとつたのであるが、この便法を除去するため、農業上の利用目的の転換を生じたものは直ちに処置せしめることを目的とするものであるとされている。そうであるとすれば、本件の場合には本件土地を公共の用に供する必要がなくなつたものであることは明瞭であり、行政上の判断権が保留されるべき余地は少しもないし、被告は原告の売払請求を放置しているのであるから、売払義務あることの確認を求めることは許されるべきである。

(二)  本件第二次的申立ての適法性……(イ) 農地法第八〇条の売払は私法上の契約であるから、原告には売払申請権がなく、したがつて被告には原告の売払申請につき許否を決定する義務はないという被告の主張は正しくない。被告は行政財産たる買収農地はその用途廃止により普通財産化したことになり、普通財産の売払いとなれば特段の事由ない限り、私法行為と解すべきであると論断しているが、これは国有財産法を通じて農地売払いの関係の性質を帰納しようとするものであつて本末顛倒である。国有財産の管理処分は国有財産法に基づくのが普通であるが国有財産の管理処分を規定する法令は国有財産法のほかにもあり、農地法関係法令はその一つである。この意味で農地法関係法令は実質的な国有財産法であり、農地売払いはこの農地法関係法令により行なわれるべきものであるから形式的国有財産法を根拠として農地売払いの性質を論ずることは誤りである。農林大臣が管理している買収農地を自作農の創設等の目的で他に売り渡す必要がなくなればこれを旧所有者に農地を売り払う義務が生じ、この義務履行として農地売払いはなされるのである。したがつて農地の売払いは単なる国有財産の処分としてなされる私法上の契約であるということはできず、農地の買収、売渡しと同様、行政処分であるといわなければならない。被告は農地法令の規定が売渡しと売払いの場合では異なることを指摘し、この相違は売渡しが行政処分であるのに対し、売払いは私的契約であることを暗示している旨主張するがそれは独断である。むしろ、売渡しは買収に対応する行政処分なので行政目的遂行上の要求が伴うのは当然であるのに対し売払いは、行政目的終了による行政処分であるために、農地法令の規定の内容はおのずから相違をもたしているというべきであろう。

(ロ) つぎに被告は、いまだ農地法第八〇条第一項の認定をせず、かつその認定の通知をしていないから、原告には本件土地の売払請求権が存在しないと主張する。そしてたしかに農地法第八〇条第一項、同法施行令第一六条、第一七条によれば、被告主張の認定および通知のことが規定されており、施行令第一八条には、失権の場合が規定され、同法施行規則第五〇条には、売払申込みにつき規定がおかれている。しかし農地法第八〇条、第一項は、未墾地およびこれに関連する物件についての規定であり、農地についての規定ではない。農地については農地法第八〇条第二項の規定にしたがわなければならない。そして同規定によれば農地については未墾地と異なり、被告のいう認定通知は関係がなく、農地として売り渡す必要がなくなつている以上、被告は旧所有者に売り払わなければならないのである。

したがつて原告の申立ては適法である。

第三、証拠関係<省略>

理由

第一第一次的申立てについて

原告の第一次的申立ては、被告に対し農地法第八〇条により本件土地を原告に売り払うべき義務があるとの確認を求めるものである。

そこで、農地法第八〇条による土地等の売払いが行政処分かどうかはしばらくおき、かりに行政処分であるとして、右のような申立てが適法かどうかについて考えてみよう。日本国憲法のもとにおいては、裁判所は、憲法に特別な定めがない限り、一切の法律上の争訟について裁判をする権限を賦与されており、何人も一切の法律上の争訟につき裁判所の裁判を受ける権利を保障されているから、行政権の行使をめぐる具体的な法律上の紛争についても裁判所の判断を求めることができなければならないことはいうまでもない。しかしながら、このことから直ちに、行政庁の処分権限ないし公義務の存否について具体的な紛争がある場合には行政庁の判断が示される前の段階においてもつねに裁判所の判断を求めて出訴しうるとしなければ違憲になるというものではなく、行政作用の適否についての最終的な判断権が何らかの形で裁判所に留保され、結局において司法による国民の権利救済の途が開かれている限り、憲法違反の問題は生じない。

したがつて、右のような司法審査の途が確保されているかぎり、行政権行使のいかなる段階でいかなる訴訟形態による司法審査を認める法制とするかは立法政策の問題である。そこで、わが現行法制上いかなる建前がとられているかをみると、行政事件訴訟法は、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟として抗告訴訟を認め、「処分の取消しの訴え」、「裁決の取消しの訴え」、「無効等確認の訴え」、「不作為の違法確認の訴え」という四つの訴訟形式をあげているが、右のほかの訴訟形式を認めない趣旨かどうかを明らかにしていない。けれども、行政事件訴訟法が取消訴訟を抗告訴訟の中心に据えていること等からみて、わが国の現行法の建前は、行政庁の処分権限の存否ないし公義務の存否についての行政庁の判断(認定)に重大かつ明白なかしがない限り、行政庁の処分にいわゆる公定力を付与し、取消訴訟によつてのみその公定力を失なわせることができるものとしていることは明らかであり、このこととわが行政事件訴訟法は西ドイツ行政裁判所法第四二条のような義務づけ訴訟についての規定を設けず、法令に基づく申請に対する行政庁の不作為に対する救済手段として「不作為の違法確認の訴え」を設けているにとどまることをあわせ考えると、行政庁により行政行為がなされるのをまたずに、その前に、訴訟手続で行政庁と国民との間の権利義務の存否を確定することはこれを原則的に許さず、行政庁の処分権限の存否については、行政行為がなされた後に取消訴訟という形式で行政庁の判断(認定)を争わせ、また公義務の存否については、国民が行政庁に対しある行政行為をなすべきことを求めているのにかかわらず何らの処分もなされないままになつているという場合には、不作為の違法確認の訴えにより何らかの処分すなわち申請に対する許否の決定を得させ、この処分に対して不服があればその取消しを求めさせるというのが、法の建前であると解される。もつとも、行政事件訴訟法も、国民の権利、利益を行政権の違法な侵害から守るために必要不可欠である限り、必ずしも右の四つの訴訟形式のほかの訴訟形式を否定していないと解するのが相当であり、行政庁が一定の行為をすべきことが法律上き束されていて、国民により求められている行為をすべきかどうかについての行政庁の一次的判断を重視する必要がない程度に明白で、かつ事前的な司法審査によらなければ国民の権利救済が得られず回復し難い損害が生ずるというような緊急の必要性があると認められる場合は、行政庁に対し行政処分についての作為または不作為を求める訴訟(いわゆる給付訴訟)ないし行政庁のある行政処分をなすべき義務またはなすべからざる義務の確認を求める訴訟(いわゆる公義務確認訴訟)も許されないわけではないであろう。

そこで、本件の場合についてみるのに、農地法第八〇条第一項は「農林大臣は、同法第七八条第一項の規定により管理する土地等について、政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管換え若しくは所属替えをすることができる。」と規定し、同条第二項は「農林大臣は、前項の規定により売り払い、又は所管換え若しくは所属替えをすることができる土地、立木、工作物又は権利が第九条、第一四条又は第四四条の規定により買収したものであるときは、政令で定める場合を除き、その土地、立木、工作物又は権利を、その買収前の所有者又はその一般承継人に売り払わなければならない。……」と規定しているので、第一項の定める認定が旧所有者への売払いの前提をなすものであるところ、右認定特に本件において問題となる農地法施行令第一六条第四号の定める土地にあたるかどうかの認定につき農林大臣に政策的見地よりする裁量の余地が相当程度認められていることはその規定の趣旨からみても明らかであるので、売り払うべき場合かどうかが行政庁の一次的判断を重視する必要がない程度に明白であるとはいい難いし、また売払申請に対し相当な期間を経過してもなお何らの応答がない場合にはこれに対し不作為違法確認の判決を得て応答を求め(農地法第八〇条による売払いの申請は法令に基づく申請であるとみられることは後述するとおりである。)、申請却下の応答がなされた場合にその取消訴訟を提起しなければならないとしたのでは権利救済を得られず回復し難い損害が生ずるというような緊急の必要が認められるわけでもない。

そうであるとすれば、本件は例外的に事前的司法審査を求めうる場合にはあたらないというほかはなく、原告の本件第一次的申立ては不適法である。

第二本件第二次的請求について

一  まず、農地法第七八条第一項により農林大臣が管理する農地法第九条、第一四条、第四四条等の規定により買収された農地等(自作農創設特別措置法第三条等による買収農地で同法第四六条第一項の規定により農林大臣が管理していたものも農地法施行法第五条の規定により農地法第八〇条等の適用については国が同法第九条により買収したものとみなされる。)の買収前の所有者の売払申請に対する農林大臣の不作為は不作為違法確認訴訟の対象となるかどうかについて検討する。

(一)  おもうに、憲法第二九条第三項は、私有財産の収用につき「公共のために用いること」と「正当な補償」をすることの二つの要件を定めているにとどまるから、公共目的のための収用は収用物件につき収用目的が消滅した場合に当然これを被収用者に返還すべきことを条件としてのみ可能であるというわけではないが、被収用物件が収用の目的である特定の公共の用に供せられないでいるうち事情の変更により公共の目的に供する必要がなくなるとか公共の用に供しえなくなるというような場合には、なお収用物件を国に保有させる合理的な理由はないというべきであるから、私有財産の収用後に収用物件を収用の目的である公共の用に供する必要がなくなつたときはこれを被収用者に返還する旨を定めている場合には、被収用者に返還を求める権利を設定する旨を明示していなくとも、被収用者に返還を求める権利を与えたものと解するのが合理的であり、農地法第八〇条は買収した農地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進等の目的に供することが適当でない場合が生じたときに、これを原則として旧所有者に返還する措置を講ずることが適当であるとして設けられるに至つたもので、あたかも、土地収用法における被収用者の買受権の制度に対応し、その立法の趣旨を同じくするものと考えられるから、特に反対に解すべき理由のない限り、同条は、買収に係る農地等の所有権が同条所定の要件を具備するに至つたときは、原則としてこれを旧所有者に売り払うことを農林大臣に義務づけたもの、換言すれば旧所有者に対して売払いを要求しうる権利を与えたものと解するのが相当である。しかるに、農地法上右規定の趣旨を反対に解すべき特段の理由は見あたらないのみならず、かえつて同条の規定をつぶさに検討すると、同条第一項は、農林大臣が農地等を自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めたときは、これを売り払い又は所管換えもしくは所属替えすることができると定め、あたかも農林大臣に単なる権限を与えるにとどまり、これに法的拘束を課していないようにみえるけれども、同条第二項は、農林大臣が前記のような認定をした農地等が同項に定める買収農地等である場合には、これをその農地等の旧所有者またはその一般承継人に売り払わなければならないと定めているのであるから、両者をあわせ誂めば、農林大臣は、その管理する農地等が第二項に定める買収農地等である限り、これを自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めれば必ず旧所有者またはその一般承継人に売り払わなければならないとの拘束を課せられていることが明らかであるといいうるのである。もつとも、前記第八〇条第一項は「農林大臣は、……政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは……」と規定し、また農地法施行令第一六条は、同条に掲げる四つの号のいずれかに該当する場合にのみ、農林大臣において右の認定をすることができると規定して農林大臣の認定権に制限を加えているので、規定の体裁からみれば、農林大臣は、特定の土地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めるかどうかについて自由な裁量権を有し、単に前記施行令第一六条に掲げる場合でなければ、かかる認定をしてはならない旨の消極的拘束を受けるにとどまるようにみえないではない。しかしながら、前記農地法第八〇条第一項にいう自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当であるかどうかの判断については、事柄の性質上、法律上確定された内容の要件事実が客観的に存在するかどうかの判断とは異なり、そこに政策的な価値評価が加わることを否定することができず、法律もまた農林大臣のこのような政策的判断を期待しているものと解することができるけれども、それだからといつて、農林大臣は右のような認定をするかどうかにつき完全な自由選択権をもち、明らかに自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当であると認められる農地等についても、かような認定をしないことができ、旧所有者としては、農林大臣が当然このような認定をすべき場合であることが客観的に明白であるときでも、その認定のない限り、何ら手の施しようがないものとする趣旨であると解さなければならないような根拠は、農地法や同法施行令の規定を通覧してもどこにも見あたらないのであつて、このような解釈が、結局において、旧所有者の買収農地等の売払いを受ける利益を行政庁の自由な選択によつて左右される単なる恣意的利益にすぎないものとすることに帰し、上記のような本規定の制定趣旨に反することとなることを思えば、右は、とうてい合理的な解釈であるということはできない、それ故、農林大臣は、ある範囲においては、買収農地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めなければならない拘束をうけ、右認定に基づいて、これを旧所有者に売り払うべき義務を負担しているものといわなければならない。

そうであるとすれば、前記農地法第八〇条第二項の規定は、農地法第七八条第一項の規定により農林大臣が管理している買収農地等で買収目的に供しないことが相当であると認められるものについては、買収前の所有者またはその一般承継人に売払請求権を認めたものと解すべきものである。

(二)  そこで、右売払請求権は行政処分を要求する権利かそれとも私法行為を要求する権利かについて考えてみよう。農地法第七八条第一項により農林大臣が管理する土地等は自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進という公共の目的のために自作農として農業に精進する見込みがある者等に売り渡すことが予定されていたもので、元来国有財産法にいわゆる公共用財産たる性質をもち、それ故農地行政の責任者としての農林大臣により管理されるのであり、農林大臣は右のような農地行政の責任者たる立場においてその管理する農地等につきこれを右の公共の目的に供しないことを相当とするかどうかを判断し、公共の目的に供しないことを相当とするという判断(認定)に達したときに売払いをするのである。したがつて、農林大臣の売払行為は、その管理する買収土地等から、買収という行政処分によつて農地等に付与された公共用財産としての性格を行政上の個別的具体的判断に基づいて剥奪(用途廃止)してこれを普通財産とし買収土地等に対する所有権を買収前の所有者またはその一般承継人に返還する行為であるものというべく、このような行為は、国の機関が私法上の財産権の主体たる国の機関としてこれを処分する場合とは著るしく異なつていることであつて、あくまでも行政権の行使機関としての立場においてなされる行政処分たる性質をもつものと解すべきである。このように国有財産法上は普通財産の処分機関は大蔵大臣であるのに、農地法第八〇条の売払いについてはこれを農林大臣の権限とし、農地行政の見地からの政策的判断を経させたうえ売り払わせることとしていること、それに、法が私法上の請求権を付与する場合には、法律上、右請求権取得の原因となる要件を明確に規定するのが常であり、行政庁が相当広汎な裁量的判断に基づいてなすことを認められている行為について、このような行為を要求する私法上の請求権を個人に認めるというようなことは通常これを想定することができないこと等をあわせ考えれば、農林大臣の売払行為は行政処分としての性質をもつものと解するのが相当である。

もつとも、売払いの前提たる「認定」が行政処分で、売払いは行政処分ではなく単なる普通財産の処分行為として私法行為に過ぎないという見方もできないではないが、農地法第八〇条第一項の認定は、法文の字句からみても売払い、所管換え、所属替えの要件の判断に過ぎないものとみられるばかりでなく、認定が処分であればこれを外部に表示する行為が必要であるのに何らこれについての規定が存しない(農地法施行令第一七条により行なうべきこととされている買収前の所有者等への通知は、旧所有者等へ売り払うべき場合の売払手続に関する規定であつて通知という形式による「認定処分」というようなものを意味するのではない。このことは、認定がなされても施行令第一八条第二号および第三号の場合には通知をする必要がないことからもうかがわれる。)から、認定を独立した行政処分と解することは困難で、売払いを行政処分であると解すべきである。

被告は、売渡しと売払いに関する農地法および農地法施行規則の規定の差異を指摘して売渡しが行政処分なのに対し売払いが私法行為である旨主張しているが、農地法施行規則の上で売渡しと売払いに関する規定の仕方に差異があるからといつて農地法による売渡しと売払いの法的性質に差異があるという主張の根拠とするのは本末を顛倒するものというべきであるし、また売渡しと売払いは目的を異にする行為であるから、両者に関する農地法の規定の仕方に被告主張の点で差異があるとしても売渡しが行政処分であつて売払いが私法行為であるということにはならない。

したがつて、買収前の所有者又はその一般承継人の買収農地等の売払請求権は、行政処分を要求する権利であるといわなければならない。

(三)  そして、前記のように、農地法第八〇条第二項の規定は農地法第七八条第一項の規定により農林大臣が管理している買収農地等について買収目的に供しないことが相当であると認められる状態が生じたときは買収前の所有者又はその一般承継人に行政処分を求める権利としての売払請求権を認めたものと解される以上、買収農地等につき農林大臣に対する売払請求権を有する可能性を有する者である買収前の所有者又はその一般承継人には右権利の実現を図るため売払請求権の存否について農林大臣の判断を求める権利としての売払申請権が認められるべきは明文の規定をまたずとも当然であり、それ故農地法第八〇条による売払いの申請は法令に基づく申請であると解すべきである。

被告は、農林大臣が農地法第八〇条第一項の認定をし農地法施行令第一七条の定める通知をしない限り売払申請権は発生しないと主張するけれども、このような見解が是認できないことは前に述べたところから、おのずから明らかである(被告の挙げている農地法施行令第一七条、同施行規則第五〇条等の規定は農林大臣が農地法第八〇条第一項の認定をした後において具体的に売払いをする場合の手続に関する規定に過ぎない。)。

(四)  したがつて、農地法第八〇条による売払いを求める申請に対しては農林大臣は相当の期間内に許否いずれかの決定をすべき義務を負うているものというべく、売払申請に対し許否いずれかの応答もしないという不作為は不作為違法確認訴訟の対象となることは明らかである。

二  ところで、請求の原因(五)の事実は当事者間に争いがない。そうであるとすれば、本件土地についての原告の売払申請に対し被告が許否いずれかの応答をしないという、不作為違法確認訴訟の対象となる不作為が存在することおよび原告が本件第二次的申立てにつき原告適格を有することは明らかである。

三  そこで、原告の売払申請に対し被告が許否いずれかの応答をしていないという不作為が違法かどうかについて考えるのに、右売払申請時より本件口頭弁論終結時まで約一年半の日時が経過しているのにかかわらずなお許否いずれかの決定をするのに要する相当な期間内であるという点について何ら被告の主張立証がなく、かえつて右申請に対し被告が応答をしないのは農地法第八〇条第一項の農林大臣の認定がなされる前の段階における買収農地等の売払申請に対しては応答義務がないとの見解を有しているためであることが弁論の全趣旨により明らかであるから、被告が本件土地についての原告の売払申請に対し許否いずれかの決定をしないことは違法というほかはない。

第三むすび

以上の次第で、原告の本件訴え中、第一次的申立ては不適法としてこれを却下し、第二次的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 小笠原昭夫 石井健吾)

(別紙)

目録

東京都北多摩郡国分寺町大字上谷保新田字東五軒屋七番地の一〇

一、畑 八畝一二歩

以上

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